日本と海外の薬物依存に対する取り組み|刑罰に頼らない向き合い方
現在日本では、覚醒剤やコカインといった違法薬物や、大麻などを使用した場合、刑事罰として懲役刑が科されることがあります。覚醒剤使用の場合、有罪判決の場合には懲役刑が科されることが多いです。
しかし国外に目を向けると、必ずしも日本と同じような、個人の責任として刑事罰を科すだけの対処法を行っているわけではありません。
そうした事情について、刑事政策や犯罪学を専門としており、薬物依存回復プログラムに関する著書を持つ丸山泰弘准教授に話を伺いました。
※本取材の内容は丸山泰弘准教授の見解であり、必ずしも他研究者・医師等の見解と合致するものではありません。また研究が尽くされた分野とは限らず、取材当時の情報であることをご認識ください。 |
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丸山准教授のこれまでの経歴について簡単に教えてください
龍谷大学にて学位(博士)修得後、龍谷大学矯正・保護総合センターにて博士研究員として研究を行っていました。
その後2011年から現在まで、立正大学法学部に着任しています。
着任後もロンドン大学の刑事政策研究所や、カリフォルニアにあるバークレー校ロー・スクールでの客員研究員を務めたこともありました。
刑事政策における薬物依存回復プログラムに関心をもったきっかけはなんでしょうか?
大学に入ってすぐの頃、「薬物は一種の自傷行為なのになぜ逮捕されなければいけないのか?」と疑問を持ちました。
自己使用は他人への害がないうえに、やめたくてもやめられないという行為は、いわゆるリストカットと何が違うのか考えたのです。
その後、弁護士に対して、接見で被疑者から「なぜ薬物で逮捕されたかわからない」と質問されることはないかと尋ねたところ、「法律がそうなっているからだと答えています」と回答され、その法律が間違っているのならば法律実務家よりも、研究者といった立法に触れる必要があると感じました。
また京都ダルクの立ち上げに関わり、実際に薬物使用の経験がある人と触れ合ったこともきっかけのひとつです。
ダルクとは |
ダルク(DARC)とは、Drug Addiction Rehabilitation Centerの略で、薬物回復と社会復帰支援のための施設。日本全国に施設がある。 |
そして、薬物依存は刑罰でなんとかするべきものではない、と考えました。
現在は薬物依存者に対してどのような取り組みがありますか?
医療面での支援としては、認知行動療法と条件反射制御法の大きく2つに分かれます。
刑務所などでの場面では松本俊彦先生の行動パターンを変えていく訓練をする認知行動療法が多く行われているのではないでしょうか。
認知行動療法とは |
カウンセリングの一種であり、心理学的働きかけにより問題のある行動を変えていくことを指す。考え方や感情を改善していき、自分の意思で問題行動がコントロールできるようにしていく治療法。 |
一方、条件反射制御法とは、下総精神医療センターの平井慎二先生が提唱する方法です。条件反射を利用して、薬物依存を断ち切る方法です。
また当事者同士での取り組みとして、ダルクなどのセルフ・ヘルプグループへの参加というものがあります。
ダルクでは、薬物使用経験者同士のミーティングを行います。当事者主体のミーティングは欧米では非常に効果があるとされており、当人同士の悩みや成功体験を話すことで、回復を目指すのです。
実際それらの取り組みによる再犯防止の効果はあるでしょうか?
ご質問の「効果」が再犯者の減少ということであれば、前提事情の説明が必要になります。
犯罪そのものは、そもそも日本の人口が減っているので、数値としては減っています。
特に少子化により18歳〜25歳の人口が減るため、日本の犯罪は激的に減っていると言われています。そのため再犯をする人も減少傾向にあります。
ただ、覚醒剤使用に関する同一罪名による再犯は、ほとんど横ばいか微減程度に留まっています。
この結果からも、現在の薬物使用再犯防止・更生のための取り組みの効果が薄いという考え方もできます。
諸外国の刑事政策での薬物依存回復に関する取り組みがあれば教えてください
まず前提として、国連やWHOは、薬物使用者に対して刑罰を科すことで偏見や差別が生じることは避けるようにと宣言しています。
そのため現状として個人の意思の問題であるとしたり、刑罰によって統制を図ろうとする日本は、薬物使用に対する対処が国際的に遅れていると考えられるでしょう。
そうした事情を前提として、アメリカやヨーロッパで行われている取り組みを紹介します。
ドラッグ・コート|薬物犯罪を専門に行う裁判所
アメリカ発祥のプログラムで、伝統的な裁判所とは異なり、薬物犯罪のみを扱う裁判所での取り組みです。
ドラッグ・コートでは裁判の審理期間を利用してさまざまなプログラムを勧め、その間に薬物依存の回復プログラムを提供します。
そしてプログラムを行いつつ、被告人は定期的に裁判所に通いながら、尿検査や認知行動療法を行いつつ回復を目指します。
仮にプログラム中に薬物を使用してしまったとしても、来週はどのようにすれば薬物使用を防げるかなど訓練を行います。
つまりは薬物使用を断つため、認知行動療法をしつつトライ&エラーを繰り返すのです。そうすることで意思ではなく行動の変化をもたらすようにします。
そうして薬物を使用しないでも生活が送れるような行動を繰り返すことにより、薬物依存回復を目指します。
無事にプログラムが修了できた場合には、裁判は打ち切られ、前科としても残らないため、社会復帰にもつながりやすい制度です。
ただし、あまりにも再使用や出廷しないといったことが続くと、伝統的な裁判所に戻って刑務所に行くこともあります。
ハーム・リダクション|刑事罰での対処を行わない
そもそもドラッグが存在せずに使わないことが望ましいのかもしれないが、現実にドラッグは存在しているため、使用による害を減らすためのヨーロッパを中心に行われている施策です。
たとえば有名なものは「注射器の使い回しによる肝炎・HIVのリスクを減らすため清潔な注射器を使用できる環境の提供」や「売人から買う低品質な薬物よりも質の高い薬物を、安全に使用できる環境の提供」などが挙げられますが、それらはほんの一部の紹介です。
もちろんそうした施設には看護師やソーシャル・ワーカーなどが在中しており、サポート体制が整っています。この生活のサポート体制こそがハーム・リダクションの本質とも言えます。
ちなみにポルトガルでは2001年、ほぼすべての薬物を非刑罰化していますが、不正に購入する必要がなくなることで、マフィアなどへの資金流入を断ったという実績もありますし、それらを取り締まる捜査機関への資金も必要なくなります。
また非刑罰化されたことにより、問題使用を早い段階で相談しやすいというメリットもあります。
それらの制度は日本の取組みと比べて成果はどうでしょうか?
ドラッグ・コートの場合、一般的には再犯防止に効果があると言われていますが、それも数字として疑問点もあります。
なぜなら、そもそもドラッグ・コートか通常の裁判所かの選択が可能だからです。
そのためドラッグ・コートの場合は参加者に回復のための意思があるため、プログラム修了の効果が高い状態にあります。
またハーム・リダクションについても効果は高く、非刑罰化したポルトガルでも薬物使用が減っています。
日本にも導入すべきだと思うような国外の制度はありますか?
使用者個人の問題として厳罰化一辺倒の日本全体の雰囲気から考えて、まずはドラッグ・コートを導入が現実的かもしれません。
ハーム・リダクションも効果は高いですが、今のような日本では30年程度早いのではないでしょうか。
違法薬物以外でもノルウェーやスウェーデンなどでは、厳しい刑罰以外で更生を促すケースを聞きますが、日本でも実現可能かと思いますか?
北欧で見られるような快適な刑務所などは、まず国民全体の生活の質を向上することが土台にあります。
日本でいきなり始めようとすると批判はあるかもしれませんが、再犯防止の観点からは加害者が抱えている問題の解決が効果的であると考えられています。
ただし、これは徹底した被害者支援や、再犯防止に効果的な加害者家族の支援を行うことを前提とします。
そもそも日本のような刑務所は更生して社会復帰をするための施設であるはずなのに、現在の刑務所では生活に選択の余地がありません。
保安施設としての役割がある以上、非常に社会と隔離された環境であり、社会復帰を目的とした施設としては限界があります。
ただし刑務所の環境だけを快適化することは難しいので、社会保障制度や経済など複雑な課題があります。
丸山准教授が考える日本の刑事政策の最大の課題はなんですか?
まず、トライ&エラーを全く許容しないことには、大きな問題を感じます。また科学的根拠によらない対策が多いと感じています。
犯罪学で言われているものとして「反省させるほど再犯は増える」という研究がありますが、刑罰として反省させるべきであるというものが根強いです。
しかし、専門家と考えられている法律学の研究者や弁護士は「こうあるべき」という倫理観で話します。
そうした議論は倫理的には正しいのかもしれませんが、科学的に正しくない場合があります。そのバランスが重要ではないでしょうか。
データ分析やトライ&エラーを活かした、科学的根拠に基づく刑事政策をすべきかと思います。
まとめ
そもそも違法薬物や大麻などは、使用しないほうが良いということは確実なことです。
丸山准教授からの話を伺った結果、必ずしも厳罰による更生・依存回復が適切とは限らないことがわかりました。
万が一に違法薬物などを使用してしまい、依存症になってしまった場合に、どのような対応が適切なのかはまだまだ議論の余地がありそうです。
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