阿曽山大噴火の裁判妙ちきりん 第22回 ~裁判官に襲いかかった男装の元原告〜
裁判傍聴芸人として名高い阿曽山大噴火による連載『裁判妙ちきりん』第22回!
法廷でしか味わう事のできない裁判のリアルをお届けします!
罪名 暴行
被告人 39歳無職の女性
事件は今年の10月9日午前10時28分。
霞ヶ関の東京地裁などが入ってる合同庁舎13階の男子トイレで、被告人が男性裁判官(38)の上腕部を杖で殴ったという内容。
東京地裁が現場で、裁判官が殴られるという超珍しい事件です。
個人的には当然この日も東京地裁にいて、午前中の傍聴を終えて、ロビーに降りると警察官がたくさん。
さらに東京地裁の外に出ると報道カメラが数台。
こりゃあ何かあったなと思って、ネットニュースを見ると、各社が速報で伝えていたという感じだったんです。
「フロアが違っていれば、犯行を目撃してたかも……」とは思ったけど、流石に13階には用はないもんなぁ。
検察官の冒頭陳述によると、被告人は大学を卒業後は法律事務所で働き、その後2012年からはIT関係の会社で契約社員として働いていたという。
その会社で被告人はパワハラの被害を受け、退職することになったらしい。
そこで、被告人はその会社を相手取って損害賠償請求を東京地裁に提訴。
今年3月、被害者である裁判官が被告人の訴えを棄却。
判決理由に納得のいかない被告人は、被害者を懲らしめようと考え、今年9月に変装してドンキホーテに入り、ヒゲや白髪のカツラを買い揃えたという。
そして犯行当日。
被告人は日比谷公園で高齢男性の格好に変装し、家庭裁判所のほうから中へ入ったという。
合同庁舎の13階へ行き、男子トイレ近くで被害者がやってくるのを待機。
すると、被害者がトイレに入ったので、被告人も続けて男子トイレに入り、被害者が洗面所で手を洗っているときに、後方から持っていた杖で殴打したとのこと。
被告人は急いで階段を降り、11階の女子トイレに逃走。
被害者も追尾し、女子トイレ前で待機し、応援を呼んだという。
数分後、女性の格好をした被告人が出てきたので、取り押さえたというのが事件の流れです。
こうして冒陳を聞くと、改めて珍しい事件だなぁとわかりますね。暴行はさておき、変装して東京地裁に来てる人なんか見たことないし。
調べに対して、被害者は
「10時半頃トイレに入った。中に白髪のおじさんがいて、手を洗っているときに殴られた。書記官と共に後を追い、女子トイレの前で待っていると、帽子を深くかぶり、スカートをはいた女性が出てきて、私が担当した原告だとわかった」
と述べているようです。
半年も前の原告を覚えているもんなんですね。
一方、被告人は調べに対し、
「あまり酷い判決を書くと、一般市民から殴られますよ、というのをわかってもらいたかった」
と述べているそうな。
仮に酷い判決でも、暴力では覆らないし、誰も殴りませんけどね。あまりに身勝手な犯行動機。
そして、被告人質問です。
弁護人
「判決理由に“なんで110番通報したんだ”と糾弾しながら自宅待機を命じたのに、そこについて認められなかったんですね」
と。
内容の前に、被告人が早口でメモが追いつかない。カセットテープの早送りを聞いているかんじ。
しかも、被告人が訴えていたという民事裁判の内容がわからないので、何の話をしているのやら……って感じです。
弁護人
「今振り返って暴力振るったことはどう?」
被告人
「大変恥ずかしく思ってます」
弁護人
「あなたは以前の職場で同僚からパワハラ、セクハラを受けたということで、弁護士をつけずに1人で訴訟していたと。どんな気持ちでやってました?」
被告人
「映像とか音声は見返したくもないのに見なきゃいけませんし、相手が証言台でデタラメを言ったりするのを黙って聞いてなきゃいけないし、はぁ、他の被害者は自殺にまで追い込まれているし。大変だなぁと」
どうやら、被告人の話によると、IT関連の会社でセクハラ・パワハラの被害に遭ったのは被告人だけじゃなく、自殺してしまった人もいるということのようです。
なので、代表して訴えたみたいなことなんでしょう。
弁護人
「判決は棄却。それが不満だったと?」
被告人
「いや。それなら上訴すればいいと思います」
弁護人
「判決理由に承服できなかった?」
被告人
「はい」
弁護人
「判決後どんな気持ちでいました?」
被告人
「人証が改ざんされていると。これは国賠しなきゃと思ってますが、司法に対し絶望し追い込まれてました」
被告人が原告だったほうの民事裁判は傍聴していないので、被告人の話をベースにするほかないのだけど、
「証人尋問の内容が改ざんされているから司法ヤバイ」
と感じていたわけです。
弁護人
「事件のことを聞きます。杖は190gで軽いものでしたね」
被告人
「はい」
弁護人
「殴ったのは持つところ? 先のゴムのほう?」
被告人
「先のほうです」
軽い木製の杖で、衝撃がたいしたことないゴムのほうで殴ったとアピールです。
弁護人
「頭じゃなく肩に当たって軽い怪我で済んでますけど、それについては?」
被告人
「それはよかったと思います」
弁護人
「後頭部を狙ってたんですか?」
被告人
「もういっぱいいっぱいで。えー、これホントに振り下ろすのーって。でも、自分一人の問題じゃないって言い聞かせて」
多分、誰も被告人に頼んではいないと思うんだけど、他の人のためという想いがあったっぽい。
弁護人
「男性の変装道具を犯行の1ヶ月前から準備していたのはなぜですか?」
被告人
「すべての働く女性のためと言い聞かせて」
弁護人
「ん? 準備はできてるのに行動に移さなかったのは悩んでたから?」
被告人
「んーーー、そうなりますね。躊躇していた、と」
殴ったことについては反省し、行動動機は日本中の働く女性のためを思ってのことと。
次は検察官から。
検察官
「暴行しようと思ったの時期はいつですか?」
被告人
「明確には9月です」
検察官
「控訴理由書を書いてる間は思い留まっていたということですか?」
被告人
「はい」
検察官
「不満を暴力で解消する方法をとったのはなぜですか?」
被告人
「んーーー? 前提について争います」
さすが元法律事務所勤務。不満解消目的じゃないから誤導だとうわけです。
検察官
「じゃ、訊き方を変えます。暴力を振るったのは何故ですか?」
被告人
「(被害者が)労災の話をしてもヘラヘラ笑ってたり、うーーん、平たく言うと、言ってもわからないなと」
検察官
「言ってもわからない。だから、暴力を振るったわけですか?」
被告人
「避けたいですよねー」
と、急に第3者目線になる被告人。
検察官
「暴力振るおうと思っただけじゃなく実行してますけど、きっかけは何ですか?」
被告人
「別件なんですが、準強姦の被害女性がビデオまで撮って検察庁に持っていったのに、不起訴処分にしているのを知りまして」
検察官
「ん? あなたの事件ではないの?」
被告人
「はい。裁判所はどうなっているんだと。それで調べて、これはダメだーと」
不起訴処分になった事件が何の話かはわからないけど、今の日本の司法がダメだと思っての犯行だったようですね。
検察官
「ドンキホーテにカツラとか買いに行くとき、変装してるのは特定されないようにするためですか?」
被告人
「横浜のドンキは金髪で行くことが多いので」
検察官
「ん? なんでですか?」
被告人
「店員さんの反応が面白いんですけど、親しく話しかけてくるんですよー」
元々コスプレして買い物に出かけるタイプのようです。そりゃあ、店も話しかけますわな。
検察官
「今後、意に添わない判決が出たらどうしますか?」
被告人
「それだけでは何もしません」
なんとも含みのある言い回し。
検察官
「何か要素が加わると何かする?」
被告人
「要素によりますねー。んーー、法の枠内でやります」
法の枠内ならセーフか。でも、何かやるつもりなのね。
最後は裁判官から。
裁判官
「9月頃からこういうことを考えてね、周りに相談する人はいました?」
被告人
「しようとは思ったんですが、返ってくる答えはわかってるんで」
裁判官
「うーーーん、やめるきっかけとしての相談もありますけどねぇ。うん、こう、止めてもらいたくて」
被告人
「止めてもらいたくて?」
裁判官
「今振り返ってどうですか? 止めてもらうきっかけとして相談していれば」
被告人
「止めてもらって……うーーん、仮定になりますよね。なんと言って止められるかは」
と、あまり仮定の質問を良しとしないのが刑事裁判なので、裁判官に注意したところで被告人質問終了でした。
この後、検察官は懲役6ヶ月を求刑し、弁護人は執行猶予判決を求めていました。
で、最終陳述です。裁判官が被告人を証言台に立たせ、「最後に言いたいことは?」と訊くと、
被告人
「10月25日付調書と上申書の通りです。申し訳ございません」
法律事務所で働いていた人はこういう言い方をするのね。珍しい最終陳述だ。
そして、10日後。判決が言い渡されました。
結果は懲役6ヶ月 執行猶予3年でした。
一応、裁判官の
「暴力を振るわない生活をしてください」
という説諭付きだったけど、立場上言っておかないとね。殴られても困るし。
──もしこの裁判がフィクションだったとして。
私は被告人の言葉に対して───
家庭裁判所の所持品検査の警備員なら、あれは男装だったのかよって思うだろうなぁ。
ま、12月10日と17日に実際に行われた裁判なのだが。
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