2020年の10月、日本で初めてフェイクポルノに関する逮捕者が出ました。
顔などを別人に改変したわいせつ動画は「フェイクポルノ」と呼ばれ、世界的に問題となっている。日本国内の摘発は初めてという。
【引用】フェイクポルノで全国初の逮捕 AIを悪用、芸能人の顔合成し公開 名誉棄損容疑で30歳男逮捕|京都新聞
フェイクポルノとは、AIの技術であるディープラーニング(深層学習)を、悪用して作成したポルノです。元のポルノ映像に芸能人など第三者の顔画像を組み合わせることで、まるでその芸能人がポルノに出演しているように見せる偽物の動画です。
そんなフェイクポルノですが、日本ではまだ法整備が追いついておらず、フェイクポルノ自体を取り締まる特定の法律はありません。
しかし逮捕された実例を鑑みると、フェイクポルノで逮捕された場合、名誉毀損罪、著作権法違反、わいせつ物頒布罪のいずれかに該当する可能性があると推測できます。
この記事ではフェイクポルノで逮捕された方やその関係者に向けて、逮捕後の流れや前科を回避する手段を解説します。
フェイクポルノで逮捕される?該当する可能性がある犯罪
フェイクポルノは次の犯罪に該当する可能性があります。各犯罪の刑罰についてくわしく見ていきましょう。
- 名誉毀損
- 著作権法違反
- わいせつ物頒布等罪
名誉毀損罪
名誉毀損罪とは「○○さんは不倫をしている」などの人の社会的な評価を低下させるような内容の具体的な事実を、不特定又は多数人が認識できる状況で示した場合に該当する犯罪です。
示した事実の内容が虚偽か真実かは関係ありません。なので、「〇〇さんは不倫をしている」ということが真実であったとしても名誉毀損罪に該当する可能性があります。
- 3年以下の懲役もしくは禁錮
- 50万円以下の罰金
名誉毀損は刑法230条で次のように定められています。
第二百三十条 公然と事実を摘示し、人の名誉を毀き損した者は、その事実の有無にかかわらず、三年以下の懲役若しくは禁錮又は五十万円以下の罰金に処する。
2 死者の名誉を毀損した者は、虚偽の事実を摘示することによってした場合でなければ、罰しない。
【引用】刑法(明治四十年法律第四十五号)|e-GOV法令検索
フェイクポルノは他人の顔や体を使用して作成します。通常、フェイクポルノの作成は、使用された人物の社会的評価を低下させるものであると考えられますから、作成したフェイクポルノが不特定または多数人に広がれば、名誉毀損罪に該当する可能性は十分に考えられるでしょう。
有名人であればパブリシティ権の侵害に該当する可能性がある
パブリシティ権とはアイドルやスポーツ選手など、著名人の氏名や肖像に含まれる経済的価値を守るための権利です。パブリシティ権について規定した法律があるわけではありませんが、最高裁の判例でも認められている権利です(最高裁判決平成24年2月2日)。
人工知能によって作られるフェイクポルノは本物そっくりで精巧です。そのため、誰もが知る有名人がフェイクポルノに利用されれば、それによって生じる種々の被害は一般人よりも大きくなるでしょう。
利用されたフェイクポルノがインターネット上に投稿され拡散されれば、名誉毀損に加えて経済的な価値(パブリシティ権)を侵害する可能性があり、民事上の損害賠償の対象となる可能性があります。
著作権法違反
著作権法とは、著作物や著作者の権利などについて規定している法律です。たとえば映画やドラマなどを著作者に無断で公開する行為は著作権法違反となります。
- 10年以下の懲役若しくは1,000万円以下の罰金又はその両方(※1)
- 5年以下の懲役若しくは500万円以下の罰金又はその両方(※2)
※1…著作権、出版権、著作隣接権を侵害した場合
※2…著作者人格権、実演家人格権を侵害した場合
なお、著作権法違反の罰則規定は他にも複数あります。
フェイクポルノにはベースとなるポルノ動画が必要ですが、制作会社が作成したアダルトビデオなどを使用すればそれは著作権法違反に該当する可能性が高いでしょう。処罰はケースによって様々で、懲役刑と罰金が併科される可能性もあります。
わいせつ物頒布等罪
わいせつ物頒布等罪とは、わいせつな文書や画像、動画などを不特定又は多数の人に対して交付・譲渡したり、見ようと思えばすぐに見ることができる状態にした際に成立する犯罪です。
たとえば、いわゆるアダルトビデオの動画や写真をSNSで公開したり、道路にばら撒いたりする行為が該当します。
- 2年以下の懲役若しくは250万円以下の罰金若しくは科料又は懲役と罰金の両方
※科料とは、1000円以上1万円未満の財産刑を指します。
わいせつ物頒布等罪とは刑法175条で次のように定められています。
第百七十五条 わいせつな文書、図画、電磁的記録に係る記録媒体その他の物を頒布し、又は公然と陳列した者は、二年以下の懲役若しくは二百五十万円以下の罰金若しくは科料に処し、又は懲役及び罰金を併科する。電気通信の送信によりわいせつな電磁的記録その他の記録を頒布した者も、同様とする。
2 有償で頒布する目的で、前項の物を所持し、又は同項の電磁的記録を保管した者も、同項と同様とする。
【引用】刑法(明治四十年法律第四十五号)|e-GOV法令検索
ポルノ動画をツイッターなどのネット上で公開する行為は、わいせつ物頒布等罪に該当します。
つまりフェイクかどうかは関係なく、ポルノ動画を不特定又は多数の人が目にする可能性がある場所で公開すれば、わいせつ物頒布等罪で罰せられる可能性があるのです。
また、それらの動画を営利目的で所持や保管している場合も処罰される可能性があります。
フェイクポルノで逮捕された事例
ここでは、フェイクポルノで逮捕された事例について紹介します。
フェイクポルノのリンクをサイトに掲載して逮捕された事例
AIによる動画の加工「ディープフェイク」を使って女性タレントの顔写真をアダルトビデオに重ねたポルノ動画を、自らの「まとめサイト」で紹介していた5人が、名誉毀損や著作権法違反の疑いで警視庁などに逮捕された。
音事協や報道によると、5人は警視庁、千葉県警、京都府警に逮捕された。それぞれ、自身が運営、管理する「まとめサイト」にディープフェイクのポルノ動画のリンクを複数掲載していたという
【引用】アイドルも被害「ディープフェイク」まとめサイト管理人を逮捕。芸能団体は「違法なまとめ行為」を批判|BuzzFeedNews
フェイクポルノを自分で作成しなくても、フェイクポルノをネット上に掲載したりすれば逮捕される可能性があります。また、直接フェイクポルノの動画を掲載するのではなく、URLを貼って間接的に掲載した場合でもこのように逮捕される可能性があることも確認できます。
事件を受けて警視庁は、ディープフェイク(人口知能を用いた画像合成技術。フェイクポルノの一種)を掲載するサイトに対して広告を出さないよう、12のweb広告会社に協力を依頼しているようです。
フェイクポルノをサイトで公開して逮捕された事例
2人の容疑者は2019年12月から20年7月ごろ、運営していたWebサイトで加工後のポルノ動画を合計約400本公開。約80万円以上の収益を得ていたという。
【引用】“ディープフェイクポルノ”初摘発 AIで演者と芸能人の顔を差し替え公開した疑い 千葉県警|ITmediaNEWS
- 事件内容…運営しているwebサイト上に、作成したフェイクポルノを公開したという、名誉毀損及び著作権法違反の疑い
今まではフェイクポルノを作成して公開しても大きな刑事事件にまで発展することは少なかったかもしれません。しかし、これからはフェイクポルノの作成や公開に対する取締りが強化され、逮捕される事案が増加する可能性もあります。
警察も、「AIを使わない編集技術でも、フェイクポルノを作成すれば逮捕する可能性がある」と表明しています。
フェイクポルノを送り付けて逮捕されたアメリカの事例
逮捕されたのは、アメリカ・ペンシルベニア州バックス郡に住む容疑者。彼女はかねてより、10代の娘と同じチアリーディングチームに所属する少女の裸の動画や、飲酒・喫煙している写真をコーチに送り続けていたという。
【引用】【ディープフェイク】娘のライバルの写真を合成し全裸ビデオを作りあげた母親が逮捕!|exciteニュース
- 事件内容…フェイクポルノを作成して第三者に公開したという、サイバー犯罪と嫌がらせに関する軽犯罪法違反の疑い
アメリカのケースですが、軽犯罪法違反で逮捕された母親は起訴されています。日本でも今後海外の事例も参考に、フェイクポルノの法整備が行われるかもしれません。
フェイクポルノで逮捕された後の流れ
フェイクポルノで逮捕されるとここで紹介するような流れで刑事手続きが進行し、処分が決まります。一般的に、前科を回避するには、不起訴を目指す必要があります。
また、無罪の場合も前科はつきません。まったくいわれのない容疑で逮捕や起訴された場合には、無罪を目指していく必要性があります。
逮捕後には警察の取り調べが行われる
逮捕後はまず警察からの取調べを受けます。警察は、逮捕後48時間以内に必要な取調べを行い、事件を検察官に送致するかどうかを決めます。その間に面会できるのは原則として弁護士のみで、家族でも被疑者と面会できません。
逮捕されてパニックになると伝えたいこともうまく表現できず、不用意な供述によって警察や検察に誤解を与えるリスクがあります。ですから早急に弁護士と面会をし、取調べについてのアドバイスなどを受ける必要性があります。
事件送致とは
事件送致とは、警察が捜査した事件を検察へ送ることです。逮捕されている場合には、逮捕後48時間以内に検察に事件が送致され、被疑者は検察官からも取調べを受けます。
一方で、逮捕されていない事件の場合には、警察が所要の捜査を遂げた段階で送致します。これを書類送検と呼ぶこともあります。
勾留請求とは
事件送致後、検察官も取調べを行います。取調べの結果、引き続いて身体拘束をする必要があると判断した場合に、検察官は裁判官に勾留請求をします。送検から24時間以内かつ逮捕後72時間以内に請求を行いますから、勾留請求が行われるまではあっという間です。
勾留とは、逮捕に引き続いて行われる身体拘束のことで、勾留が決定してしまうと、勾留請求の日から数えて10日間の身体拘束を受けることになります。また、勾留期間は1度だけ延長することが可能で、延長された場合には最大で20日間の身体拘束を受けることになります。
勾留請求を受けた裁判官は、被疑者に対する事情聴取(勾留質問)を行います。その内容を踏まえて、証拠隠滅をすると疑うに足りる相当な理由があるか、逃亡すると疑うに足りる相当な理由があるか,そして勾留の必要性があるかなどを考慮して、勾留請求を認めるか否かの判断をします。
検察官の勾留請求を認めると、10日間の勾留が決定します。一方で、検察官の勾留請求を認めない場合には、釈放されることになります。もし,勾留が決定してしまったとしても、準抗告(※)という不服申立てを行い、勾留の取り消しを求めることもできます。
※準抗告…裁判官が決定した判断に対する不服申し立ての手続き
起訴・不起訴
日本の刑事事件では起訴されると99.9%が有罪判決を下されるという現実があります。したがって刑起訴された場合、無罪になる可能性は極めて低いと思っていいでしょう。
ですから刑罰を受けることや前科を避けたいのであれば不起訴を目指すしかありません。その不起訴を獲得するために何をすべきなのか、次の項で解説します。
【関連記事】起訴されると99.9%の確率で有罪|不起訴処分となる3つのポイント
不起訴を獲得するためには弁護士に依頼することが有効
不起訴を獲得するには法律の専門家である弁護士の存在が必要です。なぜなら弁護士がいることで被害者と示談を含めた様々な交渉を行うことが可能となるからです。また、検察とも、不起訴に向けて交渉を行うことができます。
逮捕されたら弁護士と共に示談の成立を目指します。被害者との示談が成立すれば不起訴になる可能性が高くなります。
起訴・不起訴の判断は検察官が行いますが、検察官は様々な事情を考慮して処分を決めます。被害者に対し、謝罪や賠償を行い、示談が成立しているということであれば、検察官の判断に大きな影響を与え、不起訴となる可能性も高くなることがあります。
ただ、すべての事件において、示談ができれば不起訴になるというわけではありません。
また、すでに起訴されているような場合であっても、示談が成立しているのであれば、そのことも考慮され、刑罰の重さが決まることになります。
フェイクポルノの作成で出頭要請を受けたら
フェイクポルノの作成や公開によって逮捕されると、実名報道されたり前科がついたりして社会的な信頼を失う可能性があります。
ポルノ系犯罪という特性上、これまで親交があった友人なども離れてしまうかもしれません。
しかし逮捕されてもまだ、前科を回避できる可能性があります。そのための手段が示談交渉です。
示談交渉をするには、逮捕された本人の代理で動いてくれる弁護士の存在が必要不可欠です。
逮捕されてから起訴までは最大でも23日しか残されていませんから、1日でも早く弁護士を見つけて依頼しましょう。
当サイトでは刑事事件に注力している弁護士を紹介しています。
【事例別】フェイクポルノの罰則に関する疑問
フェイクポルノの罰則に関してよくある疑問に回答していきます。
フェイクポルノをダウンロードした場合はどうなる?
たとえば著作権を侵害しているフェイクポルノであれば、それは違法アップロードに該当する可能性があります。
それをダウンロードすれば違法ダウンロードとなります。
いわゆる違法ダウンロードについては、私的利用のためであっても処罰の対象となっています(著作権法119条3項2号)。しかし、これは「本来であれば有償で提供されているもの」を違法サイト等から無料でダウンロードした場合に成立するものです。したがって、フェイクポルノのダウンロードだけではただちに刑罰の対象とはならない可能性があります。
フェイクポルノを作成し個人で利用する場合はどうなる?
もっぱら個人で利用する場合は、著作権法違反には該当する可能性が低いです。しかし、ハッキングなどのトラブルで、端末からフェイクポルノが流出した場合には処罰される可能性があります。
特定の相手にフェイクポルノを送りつけた場合はどうなる?
フェイクポルノの作成自体に犯罪が成立する可能性があることは今まで述べてきた通りです。
加えて,送り付け行為がストーカー規制法違反、迷惑防止条例違反に該当する可能性もあります。
まとめ
現在フェイクポルノ自体を取り締まる法律はありません。しかし名誉毀損、著作権法違反、わいせつ物頒布等罪に該当する可能性があります。また、有名人をフェイクポルノに利用すれば、パブリシティ権の侵害になる可能性もあります。
フェイクポルノに関する犯罪行為をしてしまった場合には、すぐに弁護士に相談しましょう。刑罰や前科を回避するためには、示談も重要です。